ブラウザを作る!#Web30

ワールド・ワイド・ウェブの30周年を記念し、Vivaldi創設者のヨン・フォン・テッツナーにウェブブラウザ開発の黎明期について尋ねました。

本件は2019年3月12日発表のこちらの記事の日本語訳です。

原文 Building browsers! #Web30


WWW (ワールド・ワイド・ウェブ)が30周年を迎えたタイミングで私たちは一人の先駆者、Vivaldi創設者のヨン・フォン・テッツナー氏を訪ね、ブラウザ黎明期のお話を聞くことが出来ました。

ブラウザを作る!#Web30

WWWは30歳の誕生日を迎えました。その初期から居たことを、私は幸運だと思っています。 ここからお話するのは、私の物語です。

1992年、私はノルウェーの国営電気通信会社(テレノール:Telenor)の研究部門であるテレバーケット研究所(TF:Televerkets Forskningsinstituttの略)でインターンとして働いていました。

そこで修士論文を執筆すると同時に、この種のテクノロジーに取り組むグループの一員になることができて幸運でした。

私たちは、Microsoft Wordドキュメント形式などのクローズドソリューションに対して、競合することを目的としたODA※のプロジェクトを終えたところでした。

※ODA:開放型文書体系。フリーかつオープンな文書ファイルフォーマットの国際規格のこと。Open Document Architectureの略。

当時、ODA用のワードプロセッサを開発しました。これには、x.400メーラーと、ドキュメントにオーディオとビデオを埋め込む機能が含まれていました。

残念なことにODAは跳ねなかったため、そのワードプロセッサが使用される事はあまりありませんでした。しかし、ウェブブラウザーのOperaを作成したときに使用した技術を身につけたので、このプロジェクトで培った経験は私にとって役に立つものでした。

WWWでの活動

ODAを棚上げしたあと、私たちは他の興味深いプロジェクトを探しはじめ、そこでWWWと出会いました。これは、ウェブのごく初期段階での出来事です。私たちはすぐに最初のノルウェー語のウェブページを作成し、それは他のすべてのノルウェー語のウェブサイトのエントリページとなりました。 次に、ウェブ用のさまざまなテクノロジーの開発に携わっていきます。

  • テレバーケット内部で使用する、シンプルなページのセットを作成しました。 ページ上に画像があると動作が重くなるので、画像を使用できるかどうかについて議論したことを覚えています。最終的に、ページを少しだけ面白くするために300kbの小さな画像を使用することが許可されました。
  • テキストTVをウェブコンテンツに変換するツールを作成しました。 当時ではWeb上にコンテンツはあまり多くありませんでしたので、これはコンテンツをウェブに取り込む方法です。
  • さまざまなソースから用語(ポジティブとネガティブの両方の用語)を検索し、その結果をWebページ、電子メール、またはFAXで表示できるシンプルな検索ツールを作成しました。
  • ドキュメントをウェブ形式に変換するツールを作成しました。こんなに幅広く使われているツールを作るのは、とても楽しかったです。 Fm2HTMLは、複数のファイル、参照先、画像、およびテーブルを含む複雑なドキュメントを受け取り、すべてを一連のWebページに変換してくれるのです。

後に私とOpera社を共同設立したゲイルは、私のFm2HTMLコードをざっと見て、読みやすく構造化してくれました。これは、私に主要な教訓を教えてくれた出来事です。 私は自分で「コーディングが得意だ」と思っていましたが、ゲイルはそんな私よりもはるかに優れていました。私も同様に微調整をしたのですが、それはWord PerfectとWordにおける、限定された範囲内のツールでの話です。

ヨン・フォン・テッツナーとゲイル・イヴァルセイ

1994年の事です。テレバーケット研究所内部にてブラウザー「Opera」を作成することを決定しました。後にOperaの権利を得て、私たち自身で旅を始めることが許可されました。

1994年以来、2011年の夏と2013年の秋の間に短い休止をはさみ、私はウェブブラウザーの構築に取り組んできました。目標はウェブという場所に皆様に参加していただき、ウェブをユーザーのニーズに適合させることです。 私にとってその最初の舞台がOperaで、次はVivaldiです。

WWWのポテンシャルと、その可能性

ウェブが提供するものは多くの点で独特なものがあり、世界を変革する可能性がありました。しかし、初期段階ではほとんどの人がその事を知りませんでした。

ウェブの利点の1つは、ユーザーのニーズに適応できる力があるということです。ウェブの黎明期はコンテンツとフォーマットが混在していませんでした。これはコンテンツをどのように表示するかに関して、多くの決定力がブラウザに委ねられていたことを意味します。これは重要な変化だったので私たちは採用しましたが、一方で他の方たちは戦っていました。

私は、この件で議論された会議に出席した時のことを覚えています。ページの表示が意図したとおりに100%表示されないと訴訟するぞ、と脅迫される人々がいました。これは、画面が異なるとフォントも異なるため、実際には不可能でしたが、フォントとフォントサイズを選択してコンテンツを表示できるという点で、ブラウザには多くの柔軟性があります。この機会を利用して、ユーザーのニーズに真に適応し、フォント、フォントサイズ、ズームレベル、色などをユーザーが完全に制御できるようにしました。

当初、ウェブが何を提供する必要があるかについて十分に理解されていませんでした。私はノルウェーで視覚障害者のために、ある協会のメンバーと会った時のことを覚えています。彼らは点字の電話目録を欲していました。そこで電話カタログをウェブに載せ、ブラウザから点字を提供する方が便利だと彼らに説得しようと試みたのですが、上手くいきませんでした。私は彼らにウェブの可能性を十分に説明することができず、ウェブについて理解している方も居なかったのです。

Operaでの活動開始

Operaを作るという決定が、軽く見られることはありませんでした。その決定は、何ヶ月もの審議の後にやって来ました。私たちのチームは複数に分かれました。チームの多くは、私たちに競争できる力があるとは信じていませんでした。一部には、ノルウェーではソフトウェアを作成できないという見解があり、また一部には、アメリカ人と競争できないと思っている人も居ました。(NCSA Mosaicを参照)。最終的に、Mosaicの動作がどれほどゆっくりなのかを見ていただき、許可を得てOperaの作業を開始しました。

初日から、私たちはユーザーのニーズに適応することにフォーカスしていました。

私の父は心理学の教授であり、さまざまな障害を持つ子供たちと多くの仕事をしてきました。私は子供の頃、何かを最も必要とする人々のニーズに適応する必要性について早い段階で教育を受けました。従って、Operaの開発初期からフォントの変更、色の変更、コンテンツのズームを確実に行うことができました。また、私たちは単一キーでのキーボードショートカットを含むキーボードショートカットを使用してコンテンツにアクセスできるようにし、ブラウザにできるだけ多くのユーザーが接点を持ち、アクセスできるようにしました。

このビジョンは、Operaが制約のあるハードウェアでも動作することを保証し、低速なコンピューターでも可能な限り多くの人がWebにアクセスできるようにすることにも結びつきました。これにより、携帯電話、テレビ、その他の様々なデバイスでOperaを利用できるようになりました。インターネットをできるだけ多く利用できるようにするために、サーバー上でOperaを実行し、小さなクライアントであるOpera Miniも提供しました。効率的に構築されたOperaのコードは、これらの実現を可能にしました。

初期の頃のOperaメンバーたち

Vivaldiの誕生

私がOpera社を離れたあと、会社は私たちのすべてのハードワークと、すべてのコードを捨てました。しかし、その良い面がVivaldiそのものです。Operaが「ユーザーのニーズに適応する」という原則に背き、すべてのコードを破棄したため、ユーザーのニーズに適応可能なソフトウェアの新たなチャンピオンが必要になり、Vivaldiが誕生しました

Vivaldiでは、ユーザーのニーズに適応するように努力を続けています – 誰もが、自分のニーズに合ったブラウザを使う事に値し、その権利を持っているのです。

私たちはオープンなインターネットのために働き続け、Vivaldiブラウザーと関連サービスを構築し続けています

ウェブが生まれたのは30年前で、非常に重要なものになっています。私たちはウェブが引き続きオープンで自由であり、皆様のプライバシーが尊重されていることを確認していかなければなりません


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